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2010年02月18日

京都

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二月の10日から二泊で京都で開催された中小企業家同友会の全国大会に参加してまいりました。
会場は、国立京都国際会館、あの京都議定書が作られた会場です。初日の夜、約1700人の懇談会の会場で、秋田県チームはなんと最前列。舞妓さんの舞を目の前で見ることができました。華やかでした。

2010年01月06日

新年おめでとうございます

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明けましておめでとうございます。正月は、娘3人が受験も就職活動もなく久々にそろったので山形の銀山温泉へ一泊、家族の絆を深めてまいりました。山間の雪深いところにある温泉街で、貸切家族風呂がとてもよかった。私は一人で入りましたけど。
一月は8日の新年会を皮切りに、昨年の経営指針を受講された各社の指針発表会、その他行事で手帳が真っ黒くなってしまいました。今年も厳しい経営環境が予想されます。今年の私のキーワードは「新」と「継続」です。本年もなにとぞ宜しくお願い申し上げます。

2009年06月08日

ジョエルさん

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6日の土曜日、ジョエルさんのジャズコンサートに行ってきました。30人くらいで満室の会場は皆さん彼女の歌声に酔いしれていました。ピアノ、ベース、サックス、ドラムの方々の演奏もすばらしかった。演奏中は写真撮影禁止でしたが、開演前の時間にお願いして撮って頂きました。彼女は秋田県出身で、現在はNHKなどにも出演しメジャーになりつつあります。CDも買ってしまいました。
奥に見えるメイドさんもなかなかよかった。一緒に行ったK設計の同級生は、メイドさんを偉く気に入っておりました。笑わないところがいいのだそうです。

2009年06月02日

fudesign

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日曜日、大町のココラボラトリーで、私が勝手に書の師と仰ぐ、佐藤 佳奈さんの個展がありました。
佳奈さんの理念がすばらしい。「筆のサイン、筆デザイン、紙面をデザインする。空間をデザインする。そして人生をデザインする。 秋田に戻り13年目。書という媒体を通して、日常をより素敵に輝かせる提案をしていくと心に決めた次第です。」が理念です。
私は芸術のことはわかりませんが、いいなと感じた作品を奮発して購入してしまいました。小町には無許可だったため、少しお仕置きがありました。が、とてもエネルギーを感じる作品です。「伸」いい文字です。
皆様も弊社にお立ち寄りご覧になってみてください。

2009年06月01日

川辺せせらぎウオーク

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昨日の日曜日、秋田市のあるけあるけ協会主催のあるこう会に参加しました。先日の検査で、かかりつけのお医者様から体調管理がなっていないと、有難いご指導をいただきました。日ごろの運動を習慣づけなければと必至の思いの今日この頃です。
写真は川辺の祖谷峡を歩いているところです。初めて行った場所でした。渓流の見事さに感動しました。生憎の雨でしたが、汗をかいて気分爽快でありました。ちなみに夜は自宅でWiiの筋トレで30分汗をながしました。体重を量ったら、1.5キロ痩せておりました。

2009年05月28日

朝から涙

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今朝もモーニングセミナー参加してまいりました。
講師はジブラルタ生命本庄支社長 今野さんでした。今野さんは山形県鶴岡市生まれ。
朝から鼻ぐじゅぐじゅ、涙ぽろぽろになり、途中抜け出してティシュで顔を拭った、そんな感動の話でした。

2009年05月26日

千両・万両

昨晩は、駅前のA社の駐車場をお借りして、地の旬の料理を美味しく食べさせてくれる母さんの店、「千両・万両」さんに集まりました。泉のY社長はサービスの質にうるさいので、とっておきの店を紹介してしまいました。「はいどうぞ・たべてけれ」と出された料理の温かさに心も温かくなり、みなさんにこやかな夕べを過ごしました。

2009年05月25日

つつじ

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我が家の庭のつつじが白い花を咲かせて満開です。
先週は飲み会も少なく、今日、月曜日、心も体もエンジン全開です。
今週も明るく元気に過ごす所存でございます。

2009年04月22日

田沢湖

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先日中国からのお客様を田沢湖観光に案内したときの写真です。ビール製造、販売、レストラン経営をしている㈱トーストさんのレストランで昼食をとりました。同社の美人取締役のSさんに、暖かいおもてなしをしていただきました。映画アイリスの撮影でぺ・ヨンジュンとキム・テヒが食事した席を公開していました。
天気が良かったので観光客はちらほら見えましたが、ほとんどの方が日本語以外の言葉で話していたのに驚きました。アジアの交流は始まっています。

2009年04月08日

『致知』

 あれを見よ 深山の桜咲きにけり

      真心尽くせ 人知らずとも
     


            松原泰道(南無の会会長)
            
『致知』4月号に松原泰道先生の記事を掲載する運びとなり、
執筆も終盤に差し掛かった某日、
表紙の撮影のために先生の龍源寺を訪ねました。

写真撮影も終わって、一息ついた時、ふと洩らされた言葉……。
「この年になるとね、産みの母が恋しい」

松原先生は幼い頃に本当のお母さまを亡くされ、
義理のお母さまに育てられました。
(その義理のお母さんから、長い間、苦しめられたそうです)
数えで102歳を迎えられた松原先生が、
顔も覚えていない産みのお母さんが恋しいと聞いて、
なぜかわからないけど涙が止まらなくなりました。

そして帰社し、記事の終盤に
この句にまつわるエピソードを書きました。
先生が早稲田大学を卒業した直後、
同級生たちと箱根へ無銭旅行をした時のことです。
先生が何気なくもたれかかった碑に刻まれていたのが、
この句だったといいます。

その時は昭和恐慌の真っただ中。
就職もままならなかった仲間たちと、

「いい句を教わったな。どんな苦境にあっても、
 自分たちは人をだましたり、苦しめたり、
 要領のいい生き方はやめような。
 深山に咲いた桜のように、
 誰が見てくれようとくれなかろうと、
 ただただ真心を尽くしていこう」

と誓い合ったといいます。

このエピソードは先生がよく用いられるお話で、
私もこれまで何度か記事で読んだり、
直接お聞きしたことがありました。
しかしこの日は、なんだか心がジーンとして、
やっぱり涙が止まらなくなりました。

102歳の禅の名僧・松原泰道先生のもとには、
きっとたくさんの人たちが
教えを請いに訪ねているのだろうと思います。
しかし先生の心の中には、「おい、松原」と
呼び合える仲間たちと誓った情景が
何年たっても色あせることなく残っているんだ――。
そう思ったのです。

人は年齢を重ねると、肩書がついたり
責任を持たなければならない対象が増えて、
たぶんそれが大人になることなのかなと思います。
しかし、だからこそ無邪気に母親に甘えていた頃や、
何の気兼ねもなく肩をたたき合った
仲間と過ごした日々が恋しくなるのだろうと感じました。

「五人の友達でしたが、いまは一人もおりません。
 その五人とも、誰一人後ろ指を指されることなく、
 人生を終わりました」

私には、両親はもちろん、友人すべてに旅立たれた寂寥感は
とても想像がつきません。

しかし、それでもなお

「私も間もなく消えていく身ではありますけれども、
 きょうこの時に、真心を込めて生涯を
 終わっていきたいと皆様にお約束します」

と、毎日を丁寧に生きる松原先生の姿に深い感動を
覚えずにはいられませんでした。